古流居合、復興の取り組み


弘前藩伝・林崎新夢想流居合 稽古会

  弘前には江戸時代、地元の武士たちが流派を越えて稽古していたという居合が伝わっています。この居合は刃渡り約1mという長い刀を使用してフキョという座法を基本にしているのが特徴で、居合のルーツの一つともされ、現在の山形県において戦国時代末期に発祥しています。

 林崎流の居合稽古は弘前において昭和期に入るまで行われていましたが、その後急速に衰退しました。

  北文研では弘前藩に伝えられた林崎新夢想流居合の復興プロジェクトを「武術研究稽古会 修武堂」と共同で進めています。

 

※武術稽古研究会 修武堂  http://www.geocities.jp/bokuden_1969/

当稽古会の趣旨

 

  当会では段位や称号は発行しておりません。同流居合の研究稽古はどなたにでも紹介しております。ともに深奥な術理を探求してゆきましょう。体験希望の方はメールフォームからご連絡ください。

  「弘前藩伝・林崎新夢想流居合」について。この名称は、これまで我々が進めてきた復元の取り組みの現時点における成果として当稽古会が掲げるものです。技法については、「これが唯一の正解」というわけではなく、幾つかの伝系がある林崎新夢想流の一形態、そのさらに現時点での復元だということを念頭に置いて下されば幸いです。

 

 

弘前藩伝・林崎新夢想流居合 稽古会

 

主宰     :「北文研」 下田雄次

稽古会 会長 :外崎源人

 

 

弘前藩伝・林崎新夢想流居合について

 

  林崎新夢想流居合は、戦国末期の剣豪、林崎甚助重信によって開かれました。身を接する敵が、九寸五分の小刀で攻撃してくるのに対して、我は三尺三寸の長剣(約1m)で斬り止める技法を中核にし、剣術と柔術をつなぐ武芸として創流されました。その後、近世の諸流や、現代の居合道などのルーツとなりました。

 

  津軽地方には、17世紀後半の弘前藩第四代藩主津軽信政が、同流の達人、常井喜兵衛直則を召し抱えたことから伝わりました。 まもなく、藩内の小野派一刀流、當田流、卜傳流などの各流派が当流居合を併伝するようになり、近代まで複数の師範家達が伝承しました。

 

  卜傳流剣術を受け継ぐ小山家も17世紀から大正期まで同居合の師範家を務めました。小山隆秀から10代前の父祖「小山次郎太夫英貞」(太田氏著作25頁、引用資料一覧を参照)は「林崎甚助遺法の居合」について「不測の妙」の腕前であったといいます(「有林崎甚助遺法之居合者、英貞以為之法有不測之妙、不可舎矣、及傍加之卜傳流、以千家、居合與人近接座、抜長柄刀之名也、」(明治22年7月21日「卜傳流剣術林崎新夢想流居合額上文」小山英一)。 その伝系は祖父小山秀雄(卜傳流剣術11代宗家)の少年時代、大正期まで続き、当時の門人帳や伝書類が残されています。


  しかし昭和期以降、旧弘前藩の林崎新夢想流居合は、急速に衰退しました。全国式の武道が普及し、旧藩時代の流儀は存在すら忘れられています。そのため、このまま完全に伝承が失われてしまうことを危惧した小山隆秀は、平成6年頃から、宗家・師範制度や段位制度とは別に、個人の修行として、実技の研究稽古を始めました。

 

  その稽古は武術研究稽古会「修武堂」有志によってさらなる展開を遂げました。その後一定の成果を確認した上で同流のさらなる研究稽古と復興を目的とし、2015年に下田雄次、外崎源人によって「弘前藩伝・林崎新夢想流居合稽古会」が新たに結成されました。

 

  稽古の手がかりは、津軽各地に散在している同流居合旧師範家達(小山家(卜傳流剣術宗家)および故寺山竜夫氏(當田流宗家)など)の伝書や古記録と技術伝承、寺山師範の門人I師範の技法、そして古武術家甲野善紀師範からのアドバイスや各種武術における共通の原理なども参考としながら、活きた技法の再興を求めて研究稽古を続けています。